1695回 会長挨拶

昨日は、一日中、冷たい雨と春の雪でしたが、いよいよ今週の日曜日は、お花見バスハイクです。桜の開花予想が25日でしたので、昨日の寒さで桜の開花が遅れるのではないか、と心配しましたが、きのう気象庁は、全国で最も早く、東京都心で桜が開花したと発表しました。春のうららの隅田川を屋形船に乗って花見をする。今から楽しみです。花見と言えば、酔っ払いです。みんなで酔っ払えば怖くありません。思いっきり食べて飲んで、桜と酒にとことん酔いしれたいと思います。参加される方、よろしくお願いします。
さて、話は変わりますが、いよいよゴルフシーズンが幕を開けました。19日の日曜日、ゴルフ同好会のコンペがあり、私も参加させて頂きました。今年初めてのゴルフです。昨年12月11日に甲斐ヒルズCCで、ゴルフ同好会のコンペでゴルフをして以来、3ヶ月ぶりのゴルフです。今回は小淵沢CCでやりました。小淵沢CCは、私の家から20分ちょっとで行ける、比較的近いゴルフ場ですが、私ははじめて行きました。フェアウエーも広く平らで、プレーしやすいゴルフ場です。何より良いのは、乗用カートでフェアウエーに乗り入れできます。カートから降りてボールの所まで行く、というのではなく、カートでボールの所まで行けます。60過ぎた私には、大変助かります。カートにピンまでの距離も表示されますので、正確な距離もわかります。距離はわかりますが、技術が追いつかず、ダフったり、トップしたりで、それを生かせないのが残念です。肝心の成績の方ですが、スタート前は、90前後でまわって、今日は整ちゃんがいないから、絶対優勝できるぞ、と意気込んでいたんですが、3ヶ月のブランクはあまりに大きく、51・50トータル101の大台をたたいてしまいましたので、ニコニコボックスに大台を入れさせていただきました。80台は、3クラブのコンペもありますし、会長杯もありますので、その時まで取っておきたいと思います。
私は、北原重信さん、宮坂貴代治さん、石田八重子さんと同じ組で回りました。重信さんとははじめて同じ組で回らせて頂きました。けっこう冷たい風が吹いていましたが、1日晴れていて、この時期としては最高の天気の中、仲良く、楽しく、品良く、プレーさせていただきました。仲が良すぎて、重信さんと八重ちゃんと私は、最終ホールを残して27オーバーと、3人同じスコアでした。最終ホール、パーを取れば、99で100を切れるということで、3人とも力が入り過ぎました。私がダボ、八重ちゃんがトリ、重信さんがダブルッパーという悲惨な結果に終わりました。しかし、このホールが利いたのかどうかはわかりませんが、運よく、八重ちゃんがブービーメーカー、重信さんがブービーでたくさん賞金をもらうことが出来ました。

優勝は福島さん、2位が吉澤ニコニコボックス委員長、3位がベスグロの池田先生でした。今日のニコニコボックスは、大台が一杯入っていると思いますので、期待したいと思います。福島さん今からでも遅くありません。同好会のコンペは、和気藹々で楽しいですし、友好の輪も広がりますので、どんどんやって頂きたいと思います。
余談ですが、たまたま清陵の同期で、岡谷で外科のお医者さんをしている薩摩林恭子さんも、小淵沢CCに来ていまして、お昼にレストランで声をかけましたら、「淳喜くんは今ロータリーの会長さんしてるの?」と聞くので、「会長だよ」と言いましたら、「ゴルフも快調?」と聞くので、「ゴルフは不調」と答えました。ということで、ゴルフが不調の会長挨拶を終わりにします。

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1694回 会報

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1694回 会長挨拶

4日・5日の土曜・日曜は春を感じさせる、暖かい本当にいい天気の日で、絶好のゴルフ日和でしたので、山梨へゴルフに出かけた方もたくさんいたのではないかと思います。
私はゴルフへは行かず、司法書士会諏訪支部の研修旅行で、日光へ行ってきました。平吉君は、司法書士ですが、家庭の事情で残念ながら参加出来ませんでした。おかげで、静かな、司法書士らしい品のある旅行が出来ました。これは冗談です。
日光は観光地としてけっこう有名ですので、ほとんどの方は行ったことがあると思いますが、私は、はじめて日光に行きました。行くルートですが、圏央道が開通したので、八王子JSから圏央道を通っていくんだろうと思っていましたが、運転手さんによると、新しく出来た道はみんなが通りたがるので、非常に混んで時間がかかるそうです。ということで、和田トンネルを通って佐久に出て、佐久南ICから高速に乗り、中部横断道・上信越道・関越道・北関東道・東北道を通って宇都宮ICで降りるというルートで行きました。4時間くらいかかりました。
まずはお昼を食べましたが、宇都宮といえば餃子ですので、もちろん餃子をいただきました。餃子の消費量が一番多いのは、かつては宇都宮でしたが、今は浜松が日本一です。浜松へうなぎではなく、餃子を食べに行くという時代が来るかも知れません。
まず行ったのは、華厳の滝です。秋の紅葉の時期に来れば、すばらしい景色だろうなーと思いましたが、紅葉の時期は大渋滞で、いつ駐車場に着くのかわからないくらい時間がかかるそうです。
次に行ったのは、日光の代名詞でもある、日光東照宮です。国宝や重要文化財の建築物ばかりで、十分見ごたえがありました。眠り猫も見ましたし、鳴き竜も見ました。見ざる、聞かざる、言わざるの三猿が有名ですが、あいにく修理中で、レプリカが飾ってありました。
泊まりは、日光といえば鬼怒川温泉といきたい所ですが、添乗員さんの話によると、鬼怒川は今けっこう廃墟になっているそうです。清里の駅前もそうですが、バブル崩壊や観光客の減少で、廃墟になっている所が日本中いたるところにあり、廃墟ばかりをまわる廃墟見学ツアーもあるそうです。白樺湖もいずれ、廃墟見学ツアーの名所になる日がくるのではないか、心配です。
ということで、泊まりはJR宇都宮駅前のチサンホテルに泊まり、夕食は「存じやす」という、創業が1932年の老舗のステーキ屋さんでステーキをいただきましたが、絶品でした。富士見で司法書士をしている折井さんの友達が宇都宮に住んでいて、その人のお勧めで「存じやす」に行きました。今の時代スマホで検索すれば、簡単においしそうな所を探せますが、その土地に住んでいる人の生の情報が一番確かです。皆さんも宇都宮へ行ったら、餃子ではなく是非「存じやす」で、スペシャルセットを食べてみて下さい。そんなに高くありませんので絶対お勧めします。

次の日は、大谷資料館で、大谷石の地下採掘場跡の巨大地下空間を見学し、足尾銅山の地下の坑道をトロッコに乗ったり、歩いたりして見学し、最後に渡良瀬渓谷鉄道のトロッコわっしー号に1時間ほど乗って、何とか無事に帰ってきました。
バス旅行というのは、朝から一日中飲み続ける旅で、酒好きの私はけっこう好きなんですが、皆さんはどうでしょうか。
26日は、お花見バスハイクで東京に花見に行きますが、今から大変楽しみにしています。たまたまホテルで朝のNHKニュースを見ていたら、お天気解説の気象予報士の南さんが東京の開花予想をしていました。南さんによると、東京の桜の開花日は3月23日だそうです。26日は3分咲きか、5分咲きか、満開かは分かりませんが、桜は咲いています。親睦家族委員会も張り切っていまして、来週委員会を開いて、万全な準備で花見に備えるそうです。
贅沢は言いません、ぽかぽか陽気の真っ青な青空の下、満開の桜を楽しみたいと思いますので、よろしくお願いします。DSC04740

1693回 会報

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1693回 会長挨拶

26日の日曜日、諏訪グループIMが諏訪湖RCがホストクラブで開催されました。今回、茅野からは、珍しくと言っては失礼ですが、20名を超える多くの方に参加して頂きました。大沢ガバナー補佐は、大沢親分の名のとおり、義理と人情の方ですので、大変喜んでおられました。三村IM実行委員長からも、茅野はたくさん来てくれた、とお褒めの言葉までいただきました。
今回のIMのテーマは「感動」です。第1部は「信じ続ければ、応えてくれる」という演題で、北九州市で、野口石油というガソリンスタンドを経営している、野口社長さんのお話を聞きました。野口社長は、少年院や刑務所の出所者や不登校の少年少女を、自分のガソリンスタンドで雇い、働く場を作ってやり、立ち直りの支援をしている方で、大変感動的な話を聞くことが出来ました。面接に来た人は、どんな人でも、絶対断らずに雇い、又どんなに失敗しても首にしないそうで、野口石油には解雇と言う言葉は無いそうです。軽油とガソリンを11回入れ間違えた子もいたそうですが、解雇しません。人は人との出会いによって、人生を大きく変えられる、という内容の話で、都合が悪く残念ながらIMに来られなかった人にも、例会で聞かせてやろうと、その場では覚えていたんですが、人間は忘れる動物でして、懇親会で1杯やり、二次会の呉竹でしっかり飲んで寝たら、次の日には、ほとんど忘れてしまいまして、お話できないのが残念です。
野口社長は、1日にタバコを20本吸い、日本酒が大好きで1日2合以上飲むそうです。年は74歳だそうですが、60過ぎくらいにしか見えず、大変若々しい方でした。毎日、若い子と接していれば、若々しくいられるのかな、と思いましたので、皆さんも若い子と、どんどん接して、若さを保っていただければいいのかな、と思います。
第2部は、報恩・奉仕・繁栄というテーマで、第2代よねやま親善大使をしている于咏さんの話を聞きました。諏訪RCの三井パストガバナーの話だと、よねやま親善大使に選ばれるのは、大変難関で、100人くらいの応募があり、みなさん優秀な方ばかりで、その中から3人を選ぶのは非常に難しいそうです。今、中国は日本より金持ちがいっぱいいて、日本にも爆買いにたくさんやって来ますが、于咏さんが20数年前に日本に留学した当時、中国は今のように裕福ではなく、于咏さんの家も両親の月収は合わせて3万円くらいで、それでも金持ちの方だったそうです。留学するには150万円前納しなければならず、借金して留学させてくれたそうです。日本に来てからは、アルバイトの毎日で大変苦労されたそうですが、米山奨学生に選ばれて、人生が大きく変わったそうです。米山奨学金をもらった恩を、これからはロータリアンとして、米山に寄付することで返していきたい、と熱く語ってくれました。
お二人の講演を聴いて、大変勉強になったわけですが、1番勉強になったのは、原ガバナーの挨拶でした。1分半少し、2分ありませんでした。挨拶は短く、これが1番です。DSC04725