1720回 会長挨拶

みなさんこんにちは
今日の唱歌は「里の秋」でした。
私たちが、子供の頃から歌い継がれてきました。また、平成19年には「日本の歌100選」に選ばれ、作詩は斉藤信夫さん、作曲は海沼実さん、歌手は川田正子さんです。この3人と【里の秋】には、秘話がありました。
物語は、1945年8月15日の終戦の日から始まります、日本は無条件降伏し、敗戦とともに南方や大陸各地から軍人や民間人まで日本に引き揚げてきました。身も心も傷ついていた軍人や民間人たちを励まそうと、NHKが特別ラジオ番組を企画しました。
その番組の中で流す歌の制作を「里の秋」の作曲家・海沼実さんに依頼します。放送日は12月24日と決まったのですが海沼実さんに依頼が来たのがその一週間前でした。焦って、困った海沼実さんの目に留まったのが、「里の秋」の作詞家、斉藤信夫さんが作詞した「星月夜」と云う童謡がありましたので、この「星月夜」に作曲しようとしました。この「星月夜」は、①番と②番は母と子が栗の実を煮ながら戦争に行っている父親を思いやる内容であり、③番と④番は軍国主義的な内容でしたので、③番、④番はNHKからクレ-ムがつき、作詞家の斉藤信夫さんに変更を依頼します。しかし、変更は中々思うようには進まず、当日を迎えてしまい、③番だけ変更してNHKに駆けつけました。NHKに待っていた作曲家の海沼実さんは、すぐに作曲し、童謡歌手の川田正子は練習しました。練習直後に、また、放送直前に、3人がそろって、「題名がこの歌に合わない」と言い出し、この歌の題名を勝手に【里の秋】に変更してしまいました。
NHKで川田正子が歌い終えると、一瞬スタジオ内は静まり返り、放送直後の反響は驚くもので、放送が終わったとたん、NHKの電話が一斉に鳴り出し、翌日からも電話や感想の手紙が殺到し、一つの歌にこんなに反響があったのは、NHKでも初めての事でした。
こんな秘話があった【里の秋】をもう、一度ゆっくりと味わって聞いてみたいと思います。以上で会長挨拶とします。ご清聴ありがとうございました。

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1719回 会報

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1719回 会長挨拶

みなさん、こんばんは
ご家族の皆さん、ようこそ、いらっしゃいました。日頃は、大変お世話になり、誠にありがとうございます。
今夜は、家族の皆さんに、日頃の感謝の気持ちを込めて、松茸懐石を計画しましたが、私の日頃のおこないが悪いため、また天候不順により、後山の松茸が取れなく、皆様の期待に応えることができませんでした。そんな訳で今夜の松茸ですが、国産品が主ですが、ちょっとだけ、外国産が入っていますが、お許しを頂き、そんな松茸を堪能して頂ければ幸いです。
話しは変わりますが、家族の皆さんに報告いたします。12月20日の夜間例会は、「エクシブ蓼科」にて、クリスマスバ-ジョンで、四万球のLEDランプのイルミネーション、また正面ロビ-には、高さ6㍍のクリスマスツリーを飾り付け、ディナ-は、「エクシブ蓼科」で、もっとも人気がある「中国料理」を用意しました。こちらもぜひ、家族皆さん、ご出席を頂き、会員同士、家族同士の親睦を深めて頂きたいと思います。
最後になりますが、会員の皆さんに報告いたします。FAX送信にて、「諏訪7クラブ、合同親睦会」のご案内が届いていると思います。この懇親会の主旨は、「カバナ-の推薦にあたり、スム-ズに擁立できるようにと」なっていますが、先般の10月理事会において、茅野ロ-タリ-クラブより平成35年度から平成36年度にかけて、カバナ-選出が可決されており、平成29年12月6日の年次総会・クラブ協議会で最終審議になり、茅野クラブとしては、手順を踏まえて準備しています。
そんな中、先般丸山カバナ-補佐に、この懇親会の目的について、再度お聞きしますと、「7クラブ会員各位の交流の場を1つでも多く設けよう」として企画したと、返答がありましたので、出席できる会員は出席をお願い申し上げます。そんなお願いをして会長挨拶とします。ご清聴ありがとうございました。

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1718回 会報

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1718回 会長挨拶

みなさん、こんにちは
今日は、カバナ-補佐を招いてのカバナ-補佐訪問例会です。
丸山カバナ-補佐ようこそ、お越しくださいました。よろしくお願い申し上げます。
今日は、茅野ロ-タリ-クラブが寄付金を実施している、「ロ-タリ-財団」と「米山奨学事業」がありますが、今日は「米山奨学事業」について、お話をしようと思います。
この米山奨学事業とは勉学・研究のために日本に在留している、外国人留学生に対し、日本全国のロータリアンからの寄付金を財源に奨学金を支給し、支援する事業です。本年度、当クラブには、諏訪東京理科大学に留学している「王爽さん」が米山奨学生になりますが、中国から、日本の米山奨学生になるのは、いくつもの試練があり、大変難しいことです。諏訪東京理科大の奥原教授も言っていましたが、「王さんは近年まれにみる優秀な生徒」さんだと言っていました。
この米山奨学事業が発足したのは、日本最初のロータリークラブの創立に貢献した実業家、米山梅吉氏の功績を記念して「米山奨学事業」が発足しました。1952年に東京ロータリー・クラブで始められこの事業は、やがて日本の全クラブの共同事業に発展し、1967年、文部省(現在の文部科学省)に許可され、財団法人ロータリー米山記念奨学会となりました。
奉仕の人、米山梅吉氏は、幼少にして父と死別し、母の手一つで育てられました。16歳の時、静岡県長泉町から上京し、20歳で米国へ渡り、8年間の留学生活を送りました。帰国後、文筆家を志して勝海舟に弟子入りしますが、友人の薦めで三井銀行に入社し常務取締役となり、その後、三井信託株式会社を創立し、取締役社長に就任しました。
米山梅吉氏の生涯は、「何事も人々からしてほしいと望むことは、人々にもその通りせよ」、また、「他人への思いやりと助け合い」の精神を身もって行いつつ、そのことについて、人には多くを語らず、人に知らせず、行う人でした。
また、世界の平和を願って、「今後、日本の生きる道は平和しかない。それをアジアに、そして世界に理解してもらうためには、一人でも多くの留学生を迎え入れ、平和を求める日本人と出会い、信頼関係を築くこと。それこそが、日本のロータリーに最もふさわしい国際奉仕事業」だと、人々に熱く語り、この世を去りました。
来月、11月は「ロ-タリ-財団」「米山奨学事業」月間です。会員ひとり、ひとりのご協力を節にお願いし、会長挨拶と致します。ご清聴ありがとうございました。

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